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大阪高等裁判所 昭和41年(行コ)91号 判決

控訴人

相互タクシー株式会社

代理人

吉川大二郎

ほか二名

被控訴人

大阪国税局長

佐藤吉男

指定代理人

下山宜夫

ほか五名

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審及び差戻前の上告審を通じすべて控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、控訴会社が肩書住所に本店を置き、自動車による旅客運輸を業とする株式会社であることを、昭和二二年一一月二一日より翌二三年一一月二〇日迄の事業年度分普通所得金額及び超過所得金額につき申告した結果その主張の経過により昭和二八年四月一〇日付通知で普通所得金額を二四、五九九、〇一九円に、超過所得金額を一七、九一三、三〇一円に審査決定を受けた事実は当事者間に争いがない。

二、(一)控訴人は右普通所得金額及び超過所得金額につき各金二、一〇三、五八〇円の限度で別紙(一)増資一覧表記載の各株式の新株発行に関連して架空の株式譲渡益を算入(右各金額が新株発行に関連する株式譲渡益として算入されたことは当事者間に争がない)した違法があると主張するので以下右算入の適否につき判断する。

(二)控訴人が右一覧表記載各株式を所有し、これに対し同表記載のとおりの増資決議がなされたところ、敷紡株については昭和二三年六月二四日控訴会社専務取締役黒田辰五郎に、奈良電株については同年三月一三日監査役前田重俊に夫々株主名義変更をなし、右両名において夫々同年七月二六日及び四月二九日の各割り当てにかかる新株全部の払込みをなし夫々新株を取得したこと、並に北越株については控訴会社においてその代表取締役多田清を指名した結果同人個人に対し、別紙(一)一覧表記載割当率どおりの割当てがあり(右指名がいわゆる第三者指名権に該当するかどうか、右多田清に対する新株割当ての法律上の性質を除く)、同人において同年五月二七日右割当て新株の払込をした事実はいずれも当事者間に争いがない。

(三)被控訴人は、控訴人が右のごとき各処置をとつたのは、いずれも独禁法第一〇条により控訴会社が新株を取得することが許されないところから、旧株について生じた新株引受権を失わないための手段であつた。すなわち控訴会社重役等は、多年の功労に酬ゆる趣旨の下に控訴会社に発生した新株引受権に伴う利益を新株引受権の譲渡或は第三者指名権の行使によつて享受したもので、役員賞与に外ならない旨主張するのに対し、控訴人は、事業会社は右旧第一〇条により新株取得を禁ぜられているので右重役等は、いずれも控訴会社から新株引受権或はこれに伴う経済的利益を譲り受けたのではなく、これを原始的に取得したものであると争つている。

〈証拠〉を総合すれば、(1)敷紡株と奈良電株については、独禁法旧第一〇条が増資新株の取得を禁じているので、そのままに放置すれば、増資新株を取得できないのはもとより、保有旧株の増資落ちの損失をも忍ばねばならぬこととなるところから、控訴会社は、先づ増資の問題が生じた奈良電株の場合につき、同社と協議したところ、控訴会社と同じ立場にある他の持株事業会社においては、株主名義を一旦個人名義に切り替え、適宜個人に新株を取得させた上再度旧株名義を会社に戻すこと、そして会社財産目録上は終始旧株式を保持することとすれば、独禁法の株式任意譲渡禁止にも触れずに利益を保存することができる。多くの持株事業会社はこのような方法をとつているとのことであつたので、控訴会社においてもそれに従うこととして前記各日時奈良電株、敷紡株につき株主名義を夫々前記重役前田と同黒田にいずれも名義書換えをし、前に当事者間に争いがない事実として摘示したように、各日時に払込みを完了して、各払込期日に右両名に夫々の新株を取得させたものであること、右払込金はいずれも各重役個人の計算において負担したが、払込期日の株式価額と払込金との差額の利益は全くこれを無償で取得したもので、このような利益を無償取得させた理由は、重役等の多年の功労に酬いるの外他意がなかつたものであつて、税法上利益処分による役員賞与たる性質を有するものであり、単なる贈与すなわち寄附金と認めるのは相当でないこと、(2)北越株の場合はいささか事情を異にし、控訴会社と北越会社と連絡の上、控訴会社に対し別に縁故割当てとして増資割当率に相当する新株をその指名する者に割り当てる了解があつたのであるが、北越会社より右新株縁故割当ての申込みがあつたので、控訴会社においては急拠昭和二三年五月二七日付けを以て北越株式を重役多田に名義書換えする旨の契約をなして、名義を変更の上同日払込みを完了し多田をして新株を取得せしめたこと(縁故割当てであれば旧株の株主名義の変更は必要がないのに何故このような手続きをとつたのか、不明であり、乙第一一号証の三によれば、北越会社は、申込期日より前に、控訴会社に第三者指名権を与え且つ多田は右期日より前に申込みを完了したというのであるが、この事実は甲第一号証の一応失権株として処理したという事実と矛盾するとも考えられ、いずれが真実か容易に判明し難く、控訴会社が北越株につき果して失権(単純に失権した意味)したのかどうかも判然としない。右経過からすると当初は敢えて名義書換えをせずとも、多田に縁故割当てをするという了解が事前になされていたけれども、いよいよ払込期日(同年六月一日)が切迫すると、北越会社より名義書換えを要求して来たものと解するの外はない。このようなことは割当基準日(同年四月二〇日)を経過した後で無意義とは思われるのに何故このようなことをしたのか理解し難い。しかし割当基準日における株主名義者たる者に割り当てたのではないことは明かであるから、これは普通の割当てでなく縁故割当てであること勿論である。株主名義者以外の者に、本来名義者に割り当てる新株を割り当てる場合は、名義者としては失権したのだというならばそれはそれでもよいが、単純な失権とは区別せねばならぬ。ちなみに多田の払込みは同年五月二八日なることは市田証人の証言するところであるが、五月二七日なることが当事者間に争いがないので、右争いがないところによる外はない、)その他の点すなわち右払込金は多田が負担したこと、払込期日の株式価額と払込金の差額の利益の移転は無償であつたこと、この無償取得は重役賞与に外ならぬことはすべて敷紡株及び奈良電株の場合と異ならぬこと以上のことを認定することができる。

当審証人市田実二郎の証言中北越会社は、敷紡奈良電両会社に比し業績に疑問があつたので、何もせず放置し一旦失権した後に縁故割当者指名の申込みがあつたのでそれに応じたまでのことである旨の証言は、乙第一一号証の三、四に照したやすく信用し難く、むしろ、前認定のように、若し申込期日を徒過し形式上失権したとすれば、北越株については敢えて名義換えをせずとも、縁故割当てをするとの了解が事前にあつたが故であつて、業績疑問のために拱手傍観したのではないとするのが、前記各証拠特に乙第一一号証の三、四及び弁論の全趣旨に副う所以である。他にみぎ認定を左右するに足りる証拠はない。

(五)以上の認定によれば、控訴会社は独禁法旧第一〇条により新株の取得はできないが、さりとてその利益を放棄するに忍びず、旧株を割当日より前に重役個人名義となして、重役をして新株の割当てを受けしめ、新株引受けの申込み且つ払込みをなさしめ(奈良電株、敷紡株)、または増資会社との予めの了解の下に、割当基準日までに名義書換えはしなかつたものの、第三者指名権を与えられて重役多田個人を指名し同人をして引受申込み、払込みをなさしめて、新株を取得せしめる方法により、増資新株引受けについての旧株主の利益(プレミアム)を巧みに失うことなくそのままこれを重役個人に移転したものであり、このような方法をとつて個人に新株式を取得させることまでも独禁法旧第一〇条が禁じたものとは解することができないから、これは適法な処置であつたのであり、しかも本件においては、新株プレミアムの会社より重役個人への移転は利益金処分としての賞与たる性質を有するものであるから、この利益が会社より個人に移転した時点(会社より流出した時点)において、会社に未計上利益が実現したものとして法人税の対象となることは当然である。

三、次に右流出時点は何時を以て相当とするかを考察しよう。

本論に入る前に前提として、控訴会社の有した新株引受けについての利益が重役個人に移転して正式の株式引受権となる法律関係を考える。独禁法旧第一〇条は控訴会社に新株の取得を禁じており、これは効力規定と解されるから、控訴会社には正確な意義における新株引受権はない。しかし控訴会社は拱手傍観して失権し増資落ちによる旧株価格の減少の損失を甘受するの外ないものではなく、或は信託的譲渡の法理を活用し、又は増資会社より第三者指名権を与えられその権利を行使して適宜個人に対し新株引受権を取得せしめる利益を有しており、この利益は金銭的評価のできるものであり、かくして個人が得た新株引受権は会社の有した右のごとき地位に由来するものである以上、そこに金銭的価値の会社より個人への移転すなわち会社よりの流出があつたものと解される。この立場からすれば、

(一)控訴会社の主張する旧株式の名義書換え時を流出時と見ることはできない。蓋し若し旧株を真実重役個人に移転するのであれば、この時期が流出時となるであろうが、旧株の名義換えは暫定的な信託的譲渡のためにすぎず真実移転するのは新株引受権にすぎぬ場合は真実の旧株所有者は依然として会社であり、名義書換え時には既に増資決議がなされ、増資含みの値上りを見ているとはいえ、その値上り分は旧株価の中に含まれていて一体をなしその利益は会社に帰属している。控訴会社は信託の場合外部的には権利が受託者に帰するというが、税法は実質課税の原則を以て貫かれているのであり、信託の場合は原則として信託財産は受益者に帰属するものとして課税されるのである(旧所得税法第四条旧法人税法第一二条現行法人税第一二条)から名義書換え時点においては、会社より個人への金銭的価値の移転すなわち会社からの価値の流出は起りえないのであり、控訴会社のこの主張は失当である。

(二)新株割当日時、新株割当て直前の増資含み価格を基準とすべきでないことは(一)にのべたと同様であるが、割当て直後の新株の気配価格が会社よりの価値の流失の基準となると解するのが相当である。何故ならば(1)割当て日において個人は正式に新株引受権を取得する。その日の経過により、もはや旧株には新株引受権の価値を含まず新株引受権は独自の存在を得て屡々取引きの客体となりその気配価格が生じる(もつとも新株引受権の譲渡が当事者間に有効なことは問題はないとしても増資会社に対しては効力がないともいえるが、それは一般の場合であつて本件の場合のように親株自体が個人に信託的譲渡されたり、親株所有者に第三者指名権が与えられたような場合には増資会社はその受託し、又は指名された個人に割当てる外はない)し、(2)新株の割当て日の経過により信託目的は終了し爾後信託関係は控訴会社と重役個人の間に存しない。株式の名義換えは只重役個人に割当てを受けるためにのみなされたものであり、それがなされる基準日が経過すればもはや名義は速に会社に復元せらるべきもので、それは信託終了後の残務たるにすぎない。その後現実に割当てを受けた重役個人がその後払込みをなし新株を取得するや否やは専ら自己のためなすものであつて信託事務ではないし、(3)北越株についても右に準じて考えて差支えない。すなわち第三者指名権の行使がなされ割り当てがなされたならば、もはや会社から個人への価値の移転は生じたものと考えてよい。その時点の新株の気配価格が右価値測定の基準となるからである。

(三)以上の理由により、被控訴人の主張する払込期日時説の誤りであることは明らかである。成程重役個人の新株の取得は払込みによつて完了する。しかし新株引受権はそれよりも前既に重役個人に移転してしまつておるのであり、しかもこの移転が増資会社にも対抗しうる以上、権利として完璧であるが、只新株はいまだ存在しないからその価値は気配が存するのみであるという価値測定上の不便があるにすぎない。右不便があるからといつて理論を曲げて払込期日時説に左袒することはできない。なお控訴人においては、控訴会社自身が割当て基準日まで株式を保有できない関係上換価に困難があり未計上利益も薄弱なる旨主張するが、本来株式は強度の換価性を有するものであり、しかも本件のように業績よく額面を上廻る時価を有する株式につき、信託または指名権行使により違法に移転できる関係にある以上その利益が薄弱だとはいえない。そうすると、被控訴人が払込期日に新株引受けによる利益が控訴会社より重役個人に移転したものとして本件審査決定をしたことは違法である。このことは、若し重役個人が新株引受け申込みをなさず失権した場合を考えたならば、被控訴人の見解からはこのような場合は課税できないことにならざるをえないであろうが、当裁判所の見解によれば、この場合でも新株割当時に控訴会社に発生している未計上利益が会社から流出し実現したことには相違なく従つて課税できることになるのであつて、会社とは別な重役個人の意思によりこのような利益の実現従つて課税権の存否が左右されることは合理的ではないことからも確められる。そうしてみると払込日を基準として流出利益を算定し本件審査決定を支持した原判決は相当でない。

四、しかしながら、右に見たように被控訴人が払込期日を基準として価額の計算をしたことは違法ではあるが、当裁判所の見解にしたがい割当日(北越株については現実に割り当てられた日)を基準として計算して、もし同一事業年度内に本件課税価額相当の所得が、控訴会社について計算されるならば、本件課税処分自体までも敢えて違法とするには当らない。

そこでこの点を考察すると(1)敷紡株の割当日である昭和二三年六月三〇日の直後の増資落価額(2)奈良電株の割当日である同年三月三一日の直後の増資落価額がいずれも被控訴人主張の別紙(二)の各価額のとおりなること(3)北越株の現実に多田に対し割当てのあつた日の価額が七五円を下るものでないことは、〈中略〉大阪証券業協会発行の「インベストメント」と称する定期刊行物の写と認められる〈証拠〉により認定することができるのである。

そうしてみると新株引受権の価額は(1)敷紡株について右一四九円から払込金二五円を引いた残り一二四円に株数六、八〇〇と割当率二を乗じて算出した金一六七万四、四〇〇円となり(2)奈良電株について右一五〇円から払込金五〇円を引いた残り一〇〇株数四、六〇〇と割当率〇、七を乗ずると三二万二、〇〇〇円となり(3)北越株について右七五円から払込金五〇円を引いた残り二五円に株数五、〇〇〇と割当率一、五を乗じて算出した一八七、五〇〇円となる。

以上総合計二一八万三、九〇〇円は控訴会社が右各訴外会社の増資により取得し、且つ処分した利益の総額であつて本件事業年度の純資産の一部を構成していたものであり、これが割当日において、親株から離れて独自の取引対象となり、会社より流出して重役個人に帰することにより、控訴会社の当該事業年度の所得として顕現したものであり法人税法上の課税対同となりうるものであることが明らかである。そうして、右合計額は、控訴人の不服額二、一〇万三、五八〇円を上廻るのであるから、本件課税処分自体は取り消さるべきではないから、本件審査決定は、さきに述べたような瑕疵を帯有していても結局において取り消すべきものではない。

なお控訴人は当審において当裁判所が上来判断した外の点についてもるる主張しているが独自の見解が多く特に言及するに及ばない。

五以上のとおりであり、原判決は当裁判所と理由を異にするところがあつても結局において正当で本件控訴は理由がないから、民訴法第三八四条を適用して棄却し、訴訟費用について同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)

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